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地域の魅力は清水屋旅館の魅力 @極檀優也さん(南部町)

地域の魅力は清水屋旅館の魅力 @極檀優也さん(南部町)

サンノワがリリースして約1か月が経ちました。

今回は、編集長2回目のインタビュー記事です。

お相手は、三戸駅前にある清水屋旅館で、5代目となるべく修行中の極檀優也さんです。

ご本人には、インタビュー予定は、1時間程度とお伝えしていながら、結果は2時間超!

編集長が深く共感した、極檀優也さんのお話が伝わると嬉しいです。

 

◇ 自己紹介をお願いします

 

極檀優也

 

南部町の清水屋旅館の3人兄弟の長男として、1994年3月に生まれました。現在27歳です。
近所の保育所、小中学校を卒業し、八戸高専(5年制の学校)へ入学しました。
4年生までは、寮生活でしたが、卒業後は東京へ行く予定でしたので、最後の1年間は自宅である清水屋旅館から学校へ通いました。
家族との時間を持ちたいというのが理由です。

 

清水屋旅館

 

八戸高専卒業後は、東京農工大学の3年生へ編入し、卒業後は大学院へ。
4年間で化学の勉強へ打ち込み、修士号を取得しました。
卒業後は、化学メーカーへ就職しました。
配属地となる宮城県内の工場へ勤務し、その後2年で退職して、昨年4月にUターンしました。

 

◇ 都心部の生活は楽しめましたか?

 

都心部と言っても、中心地で過ごしていたわけではありません。
社会人として過ごした宮城県は、仙台の市街地ではなく隣の多賀城市寄りの中野栄という郊外の街に住んでいました。
郊外に住んでいたからということではありませんが、休みの日なんかは、よくドライブに行っていました。
近隣のダムを見に行ったり、宮城県内の他、山形や福島の有名な温泉巡りなんかしました。
その中で、今の活動にも繋がっているキャンプなんかもはじめました。

 

◇ 南部町へ帰えるまでの経緯を教えてください

 

正直、前向きな理由で帰ると考えてた訳ではありません。
きっかけは、宮城での仕事が合わなかったことが大きいです。
仕事内容が、新しいことへの取組みではなく、過去に作られたプラントなどの維持がメインでした。
長年の経験を活かすことが得意な優秀な先輩方も多いので、付いていくのも大変でした。

そんな中で、次のことを考えている内に、地域おこし系の仕事に興味を持ちました。
石巻の町おこし、長野のゲストハウス、北海道のWWOOF(農業を手伝いながら滞在する取組)等を現地で学んできました。

色々な地域を見て、沢山の方が好きなことを仕事にしていることに気が付きました。
そして、義務感ではなく、田舎で好きなことを仕事にしたいと考えるようになりました。

 

◇ そして南部町へ帰ると決めたんですね

 

そのタイミングでも決めていませんでした。働ける場を探しているときに、地元の南部町も選択肢として考えましたが、地元には好きなことを仕事に出来そうな場もなさそうだし、実家の清水屋に戻ってもプランも思い浮かばなくて、田舎で仕事をするんだったら、どこかの地域おこし協力隊とかでキャリアを積むのが良いのかなと考えていました。

 

地元のイベントがUターンを決意させる

 

そんなことを考えている時期に、サンノヘエキマエヒロバという実家近くのイベントを知りました。
調べてみて内容に興味を持ち、一度参加してみたいなと思い、主催者へコンタクトを取ってみることにしました。
実家近くで燻製商品を作ったり、カフェをやっている、南部どきの根市さんです。

最初は、イベントの裏方的な関わり方を考えていたのですが、
根市さんよりイベント後の地域への想いを伝えるプレゼン大会に出て欲しいと言われてから、気持ちも変化してきました。

 

ゲストから主体者への立ち位置の変化

 

プレゼン大会で地元への想いを話しているうちに、自分は地元が好きなんだと再確認する機会となりました。
そして、瞬間的に気持ちが盛り上がり、実家を継ぐことを発表しました。
瞬間的な発表とはいえ、実家の旅館に関しては、元々何とかできないかなとは考えていました。
大学入学前に両親が話していた、「清水屋は私たちの代で終わり」って、言葉が心に残りずっとモヤモヤはしていました。
ですので、清水屋に関しては、自分ではない他の方に継いでもらう、事業継承で関わるイメージは考えていたのです。
それが、自分で継ぎたいと言う気持ちに変わったわけです。

サンノヘエキマエヒロバで、これだけ地域で楽しいことをやろうとしている人たちがいて、
清水屋旅館の息子である自分が、何もやらないというわけにはいかないと思いました。
また、数年後には、この地域は面白い事になるという希望を持てたことが大きいです。

 

◇ Uターンしてからのことを教えてください

 

帰ってきて間もない頃は、旅館を盛り上げるアイデアを練る時間に充てていました。
最初に考えたことは、地域資源とかの活用ではなく、料理で特色を付けることでした。
料理のプランとかで、集客したいと思い、料理長である父親に料理を教えてもらいながら、自身が料理人としてスキルを磨くべく、近隣店舗で料理修行しました。
料理人として腕を磨くために複数店舗での修行を考えていました。

 

アジャイル思考(課題への機敏な対応)による柔軟な活動

 

そう思っていながら、近隣店舗の修行は8月末で辞めてしまいました。
理由は二つ。一つ目は、当旅館に来る方々の想定ニーズです。
料理なのかと疑問を持ち、客層が違うのでないかと気が付いたことです。
料理が美味しいことは、付加価値にはなるだろうと思います。
ただし、それが最大効果にはならないのではと。

二つ目は、自身の素養です。料理が合わない性格なんだと思いました。
当旅館の料理長である、父は細かいところまで目が行きつく性格ですが、自分はおおざっぱな性格で、そもそも合わないなと。
何か一つを極められたらと考えていましたが、料理は極められないなと痛感しました。

 

料理から地域の魅力発掘へ

 

その後、1か月程経ったあたりから、青森県の宿泊キャンペーンがはじまりました。
このキャンペーンの適用条件として、地域おこしに繋がるような特色あるプランを提示する必要があるのですが、このタイミングで、プランニング(企画)で価値を上げることに可能性を感じました。

清水屋にしかできないプランを考えながら、地元のお酒や南部せんべいのお店と関わることで、
清水屋と町の関わりを考えるきっかけになりました。
創業130年を超えた旅館ですし、町おこししたら自然に清水屋も盛り上がるなと思いました。

 

清水屋旅館の方向性と自身の思考の転換点

 

料理の修行から約1か月間は、ただ旅館の手伝いをするだけという感じでしたので、宿泊キャンペーンによって、自身の地域おこしと旅館の価値向上を繋げる「プランニング」という考えに魅力を感じるようになりました。
もし、キャンペーンがなく、ただ手伝っているだけだったら、その考えには至らなかったかもしれません。

そのタイミングで、写真を撮る機会も増えました。
地元の人も忘れている素晴らしい景色を発掘したい。町の魅力は、清水屋の魅力。という観点から、南部町の他、隣の三戸町や田子町の景色を撮り、インスタグラムへの投稿やフォトブックを作ったりしました。
フォトブックは、お客様が直接手に取って見てもらう機会となり、周辺観光の促進にも繋がりました。

 

清水屋旅館

 

デザインありきでなく、ありのままを伝えたい。

 

南部せんべいを活用したキャンペーンプランの準備では、南部町と三戸町の主要なせんべい屋を全て周りました。
はじめは無愛想だった店のお母さんが、何度か足を運ぶようになると会話が弾むようになり、お互いに笑顔になれる関係性が心地よいなと感じました。

せっかく良い関係性を築くことができたので、永く続くような、次の一手を考えたいですね。

とは言え、何か目新しいことをしたい訳ではありません。
例えば、デザインだけ目新しい南部せんべいが売られていますが、個人的には違和感を持ってしまいます。
その目新しいデザインのせんべいが売れたとしても、その周辺の今まで通りのせんべい屋は衰退していく。
田舎で仕事するときは、元々ある事業を邪魔する事業はやるべきでないという想いが強いので、地域おこしと言う名目で、地域文化を壊すような手法は好きではありません。
おじいちゃんが焼いて、おばあちゃんが袋につめていく。その風景まるごとが南部せんべいだと思っています。
このありのままの風景をPRできる取組みなどが好きですね。

 

◇ おすすめの「地域のありのまま」を教えてください

 

三戸駅前で約15年位前から続いている朝市ですね。
夜明け前から、駅前に店舗代わりとなる軽トラックが集まり、
野菜、くだもの、コーヒー、編み物、服、花、串餅、やきとり等が売られます。

 

三戸駅前朝市

 

自分も出店者として、惣菜、卵焼き、照り焼きチキン、ホットサンド等を売っています。
周辺の地元客が井戸端会議的に集まる、地元交流の場として、
この周辺では、一番面白いと思う取組みですね。

 

ホットサンド

 

◇ これからやりたいことを教えてください

 

沢山あります。まずは、清水屋の裏庭整備です。
自前のテントや友人から借りたテントや備品で人が集まれる場づくりをしています。
先々は、裏庭を芝生にして、地域の人たちが集まれる公園のようにしたいなと考えています。

 

裏庭テント

 

旅館のためだけではなく、「地域のために何かをやる旅館」としての在り方、モデルとしてこの活動を地域の方々に見てもらいたいです。
整備しながら、イベント、テントサイト、近所の居酒屋メニューが集まるビアガーデン等をやりたいですね。

 

ポップアップバー

 

また、簡単なつまみとお酒を用意したポップアップバーや、
テイクアウトメニューを販売する、キッチンカーなんかをやります。

 

ポップアップバー

 

不定期ですが、土曜に鍋のテイクアウト販売していますが、毎回50~60杯は完売します。
近隣の方々が隔週レベルでも買ってくれるんですね。
それだけでも十分嬉しいのですが、できればもう少し広域の方々にも来て欲しい。
でも、そんな簡単に来るのは難しいだろうなと。
それなら、こちらから行こうと考えて、キッチントレーラーを購入しました。

 

清水屋旅館テイクアウト鍋

 

こんな感じで、やりたいこと(手段)は、沢山あるんですが、目的は固まっています。
それは、きっかけづくり、手軽な感じで巻き込める仕組みづくり、地域の交流の場づくりです。
キッチンカーで繋げ、共通の想いを持つ仲間が集まる場にしたり、田舎の地区ごとの交流が町や圏域の交流へ繋げられたら嬉しいです。
これが、地域の魅力づくりであり、清水屋としての魅力づくりとなると思っています。

 

ーあとがきー

 

「地域の集まりへの参加は楽しいし、喜ばれる」と、自分が楽しみ、地域の方々と楽しむことで、地域の内側からの魅力発信への想いを大切にしている極檀優也さん。

南部町の魅力発信は、彼にお願いするしかないと、サンノワのライターをお願いし、快諾いただきました。

南部町担当の極檀優也さんの記事を楽しみにしてください。

 

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割烹白山後編~川蟹すいとんの魅力は作り手にあった~

割烹白山後編~川蟹すいとんの魅力は作り手にあった~

いやあ、、先ほどの記事(割烹白山前編)に出てきた川蟹すいとん
美味しそうでしたね、、
川蟹のうま味と共に、すいとんへのこだわりが記事に溢れ出ていましたね!さてさて、先ほどの記事の途中にもありましたが、
川蟹すいとんは、川蟹の捕獲量が減少したことから
一時はメニューから消えてしまいます。
ですが、2年間の試行錯誤のすえ15年の歳月を経て復活しました。「割烹白山 後編」では、
割烹白山の歴史と
川蟹すいとんの復活のキーパーソンとなった
割烹白山専務 本庄孝浩さんについて、お話していきます!

割烹白山の始まり

割烹白山は元々、魚屋さんだったそうです。
魚屋さんから食堂に変わったきっかけは結婚披露宴でした。
当時は結婚式を公民館で行っており、日頃商売をする人たちで集まって
結婚式をプロデュースしていました。
社長は料理が得意だったため、料理長として結婚披露宴を盛り上げていました。
そこで、社長が振舞っていた料理が、「川蟹すいとん」だったそうです。
家庭でも、川蟹スープは作られていましたが、
先代が作り出す絶妙な川蟹スープが好評で、
郷土料理である、ひっつみと掛け合わせて
川蟹すいとんを看板メニューとして、食堂をはじめました。

これが割烹白山の始まりです。
割烹白山

新しいものをつくるだけがはじまりじゃない

本庄さんは川蟹すいとんの復活だけではなく、
未来に綺麗な川を残すための活動もしています。
具体的には、毎年7月の下旬から8月の上旬に
川祭りというお祭りを行っています。
お祭りでは、熊原川の川の中が巨大なプールに変わり、
川魚つかみ取りやいかだ&チューブでの川下り遊びなど
川だからこそできる遊びを一日限定で行っています。
普段は、川で遊ぶのは禁止されていますが
子供たちに川へ気持ちを向けてもらいたいという想いから
お祭り当日だけ、許可を取り、開催しています。
川祭りの様子を写真で見させていただきましたが、
子供たちの笑顔がまぶしくて、自然と頬がほころびました、、
川祭りの様子を見ている写真
地域活性化と聞くと、地域でイベントを行う、特産品を使って商品開発など
時代に合わせて新しいものを追い求め、新しいことをしなければならない
新しいこと=地域活性化になってしまいがちです。
ですが、新しいことだけが、活性化だけではなく
懐かしい、守りたい、といという愛おしい気持ちになれる
元々あったものをもう一度“復活”させることも
地域の未来につながると学ぶことができました。
記念撮影
多くの人の想いと手間が詰まった川蟹すいとん
三戸に来たら、ぜひ川蟹すいとんに会いに行ってみてください!

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三戸大神宮~みこにゃん、キャサリン、歴史とユニークさで溢れる神社~

三戸大神宮~みこにゃん、キャサリン、歴史とユニークさで溢れる神社~

日が沈みはじめたごろ、夕日の光を使って、
キラキラと輝いている灯籠に目をひかれ、
三戸郵便局の向かい側にある、三戸大神宮を訪れました。入口に設置してある灯籠に近づいてみると、
それはステンドガラスでできており、
和と洋が、絶妙に掛け合わさった灯籠を見て、
ここの神社は面白い人、モノに出会えそうだ
というワクワクした気持ちになり、
軽い足取りで石段を上っていきました。
三戸大神宮の灯籠
最初は、軽い足取りで石段を上っていましたが、
だんだんと息が上がり、足がぁ、、と思いはじめたころに
三戸大神宮が見えてきました。後から聞いた話ですが、石段は100段あるそうです、、
女子大学生でも体にきたので、石段を上る際は、
少し覚悟が必要ですね。。三戸大神宮の鳥居
存在感があり立派!!!参拝しようと鳥居をくぐり本殿に近づくと、、
なんと両端の提灯にねこのキャラクターが!!かわいい、、、
彼女たちの名前は、
写真向かって左にいるのが“みこにゃん”で、右にいるのが“キャサリン”三戸大神宮の本殿
みこにゃんは、三戸(さんのへ)を別の読み方にして三戸(みこ)と読み、
三戸(みこ)と巫女(みこ)のふたつの意味を併せもつ招き巫女。
キャサリンはイギリスロンドン出身。みこにゃんの相方。
海外出身ですが、“来三鈴”としっかり漢字があるんですよ!

三戸大神宮のグッズ

「神社らしくない」が褒め言葉なんです。

と笑顔で語ってくれたのは、禰宜(ねぎ)の山崎貴行さん。
ステンドグラスやねこのキャラクターなど、
ほかの神社では見られない光景が広がっていましたが、
大阪と言えば、食い倒れ人形。関西と言えば恵比寿さん。じゃあ青森と言えば、、?
というときにぱっと浮かんでくる、青森=○○を生み出したい
という気持ちを持っていたそう。

そこで三戸をみこと呼び、天照大神のお使い招き巫女みこにゃんを
山車アーティスト夏坂和良さんと共に誕生させ、
相方としてイギリスロンドン出身のキャサリン(写真に向かって右)が
誕生したそうです。
彼女達は、三戸大神宮の看板キャラクター、
いやアイドルともいえる存在で
地元の方たちの愛をたくさん貰っていました。

山崎さんは自分自身で三戸大神宮のことについて、
Twitterで発信しており、なんとフォロワーは1000人超え!!

そのほかにも、三戸大神宮ではハロウィンなどのイベントを
行っており、当日は神社にかぼちゃを置いたり、
みこにゃんやキャサリンの仮装をした人や子供たちで賑わうそうです。

キャラクターからイベントまで神社がやっているとは
と思えないことをされていますが、他の神社から批判的な意見は
なかったのか気になりますが。。

やはり、周りからの神社のあるべき姿ではないという話もあったようです。
ですが、格のある神社とそうではない神社の二つがあって良いのではないかと。
基盤に歴史があるからできることでもあり、楽しいことをみんなでやる。
ただそれだけのこと。

記念撮影
これはこうあるべきだという枠にとらわれないで、
日々を楽しくしようとしている
山崎さんの姿は、アグレッシブでファンキーで惚れてしまいそうでした(笑)

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小山田煎餅店

小山田煎餅店

こんにちは!産業能率大学3年の石井です!大正6年(1917年)から創業されている『小山田煎餅店』へ
お邪魔しました!小山田煎餅店では、青森県南部地方から岩手県で食べられている
南部せんべいが作られており
材料はなんと小麦粉、水、塩のみ!

三代目の小山田美穂さん

小山田煎餅店は
100年以上の歴史があります。
現在継いでいるのは小山田美穂(よしお)さん。
名前はいつも“みほ”と間違われるらしく、
初めからよしおだからねとツッコんでいて
とても明るい方でした。

小山田さんはサービス精神がすごく、
焼きたてのせんべいをたくさんいただきました!
小山田せんべい

裏には松の絵が!
焼きたては熱すぎて手でもてないほどでしたが
せんべいとは思えないくらいの柔らかさで
とても美味しかったです。

絶え間ないお客さん

美味しいおせんべいをいただいていると、
続々とお客さんが。
どうやらお客さんは地元の方が多いそうですが、
盛岡や遠方から定期的に買いに来てくれる
お客さんもいらっしゃるそう。

観光客頼りでなはい、地元の方に
支えられているお店だからこそ
強い信頼関係があり
変わらずお客さんは購入してくれるのかなと思いました。

観光で三戸町に訪れる際は、
ぜひ優しくてユニークな小山田さんに会いに、
そして美味しい小山田煎餅を食べに行ってみては
いかがでしょうか!

ここまで続けてこれたワケとは

最後にこの仕事にどのような想いがありますか?
と尋ねたところ、
『嬉しい楽しい誇りをもてる』と呪文のように
3回も繰り返していました。

小山田さんの口から発せられた時、
自然と笑みがこぼれていて
本当に心の底から楽しんでいるのだなと感じることができました。

小山田美穂さん

そして、仕事が趣味の世界とも表現していました。
仕事が楽しすぎて趣味の領域に達しているとのこと。
純粋に自分がやり続けることを楽しいと
自信をもって言えることはなかなかできないことなので
小山田さんはこの気持ちをもって長年続けることが
できているのだなと感じました。

気になる小山田煎餅の種類は・・・

種類はこちら↓
小山田煎餅の種類

よーく見てみると“みみ”や“てんぽ”など
普通の煎餅では見慣れないものが・・・。

“みみ”とはパンのみみと同じ意味で
なんと南部せんべいにはみみがついているんです!

生地を型にはめている様子

このように生地を型にはめ、
上から押して焼いており、
その際にはみでたところがみみとなります。

なんと、そのみみの部分だけの販売もしており、
そのみみもとてつもない美味しさ。
柔らかいうえにこうばしい匂いがたまりません。
お土産に2人のお友達、家族、そして自分用に
4つも買ってしまいました。笑

小山田せんべいのみみ

そして気になる“てんぽ”。
こちらは八戸周辺で作られている煎餅の一種で
通常の南部せんべいとは違い、
焼き加減を抑え、やわらかくてもちもちした
食感のせんべいのことを指します。

やわらかいため、お子様でも安心して食べられるみたいです。
取材が終わって外を出ようとしたら
入れ違いで小さいお子さんとそのお母さん親子が来店されました。

三戸町出身のお母さんは子育てのために
一次帰省中だとか。
息子さんは、お店を出てからすぐに
お母さんに買ってもらったてんぽを
美味しそうに笑顔で食べていました。

来店した小さいお子さん

このように小さいお子さんから
地元の高齢の方まで幅広く
好まれている小山田煎餅。

ぜひ、三戸町に来た際には訪れてみてください。
取材にご協力いただきありがとうございました!

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三戸町で唯一の○○を売る!?丸末果樹農園

三戸町で唯一の○○を売る!?丸末果樹農園

果樹の木は、春の芽吹き前に選定という大切なお仕事があります。
この選定のお仕事をされているのが、
丸末果樹農園3代目園主の船場敏(ふなばさとし)さん。

船場敏さん

主にりんごを育てていますが、
その他にもトマトやさくらんぼを育てています。

船場敏さん

こちらはトマトの栽培途中。

トマトの栽培

奥さまの船場和子(ふなばかずこ)さんは
栽培もですが経理の面で支えています。
夫婦で二人三脚になり、営んでいるすてきな農園。

主に有機肥料を使い汗水流して育てられている
作物は、9割が直販、1割が市場出荷だとか。
自分で作ったものは自分の手で売りたいという
あつい想いをもつ船場さん。

ぶどっぷるジュース

こちらの『ぶどっぷるジュース』は
丸末果樹園でつくられた
ぶどうとりんごを合わせたジュースや
その原液を使った『ぶどっぷるサイダー』が
佐瀧本店で開発されました。

無添加ストレートジュースのため、
小さなお子さまでも安心して飲んでいただけます。
ぶどうのさわやかな味とりんごのすっきりとした甘さが
よく混ざり、とてもおいしいジュースでした。

お土産屋さんや道の駅などで
りんごジュースがたくさん売られていますが、
その中でも11ぴきのねことコラボしているラベルのジュースは、
この丸末果樹農園のストレートジュースのみ。
ぜひお土産に買ってみてはいかがですか?
丸末果樹農園
取材させていただいた船場さんありがとうございました。

産業能率大学3年 石井友理

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「地域おこし」から「人おこし」へ@五十嵐孝直さん(田子町)

「地域おこし」から「人おこし」へ@五十嵐孝直さん(田子町)

 

サンノワがリリースされてから、初めての編集長インタビュー記事です。

記念すべき第一回は、田子町地域おこし協力隊の五十嵐孝直さんです。

編集長と同じ苗字で、同じくIターン(都市部から出身地と違う地方へ移住すること)で青森へ移住。

活動内容も近しいことから、インタビュー第一号は彼に!と決めていました。

五十嵐孝直さんの田子愛や活動内容が皆さまに伝われば嬉しいです。

 

◇ 自己紹介と田子町に来たきっかけを教えてください。

 

五十嵐孝直

 

 千葉県習志野市出身で1985年生まれの36歳です。

大学卒業後に外資系商社へ入社しました。勤務地は横浜でした。

その後、縁があってシンガポール支社を立ち上げることになり、現地代表に就任しました。

そこで6年間、船会社向けの海図販売をしていました。

その後、日本へ戻り、財務チームや高級外車の販促部門マーケティングマネージャーを務めていました。

沢山の経験をさせてもらっていたのですが、このまま大きな企業の枠の中にいるのが自身に合っていないと感じるように。

同時に何かやれないかなと考えるようになりました。

 

そして、色々な可能性を模索していた時に、候補に挙がったのが『バクテー』でした。

日本であまり流行っていない、認知度の低いバクテーを日本に流行らせたいなという想いから、主原料となるにんにくの生産地でバクテーを作り販売するアイデアに至りました。

そのにんにくの生産地として着目したのが、田子町です。そして、地域おこし協力隊募集に応募し、採用されて田子町にやって来ました。移住して3年目になります。

 

◇ バクテーって何ですか?

 

 バクテーとは、胡椒がピリッと効いたスープに、スペアリブなどの肉類とにんにくが入った東南アジア発祥のスープ料理です。

バクテーには、にんにくが必須で、とても重要な材料になります。

シンガポールでは、普段の食事や飲んだ後のシメなど、いつでも食べる、日本でいうラーメンのようなソウルフードとして人気を博しています。

現地では、ごはんや揚げパン、そうめんに近いミースアという小麦の麺などで食べています。

私のおすすめは、そのままスープか揚げパンです。

 

バクテー

 

 バクテーを知ったのは、シンガポール駐在時です。現地の方に連れて行ってもらったお店で知りました。

現地の方が連れて行ってくれるお店ということで、とても期待していたのですが、着いたお店を見てがっかりしました。

正直、汚らしいお店だな。こんなお店で食べたくないなと思いつつ、出された料理がバクテーでした。

そのバクテーが、驚くほど美味しく衝撃を受けました。それ以来バクテーが大好物になりました。

 

バクテー

◇ それでバクテーを田子町で作りたいと考えたのですね?

 

 当初は、作るという発想ではありませんでした。私は料理人ではありませんし、素人が作るってどうだろうって考えもありました。

よって、当初の案は、初めてバクテーを食べたお店の日本進出に介在し、田子町産のにんにくを使ってもらうことでした。

商社的な動きは、私の過去の経験も活かせますし、バクテーが日本で流行れば、主材料となるにんにくの産地田子町の知名度もアップすると思ったからです。

初めてバクテーを食べたお店は、フランチャイズ展開、海外展開をしていたので、日本進出のアプローチをしていました。

先方も、翌年位にはという前向きな感じで話しが進んでいたのですが、新型コロナウイルス感染症で破談となってしまいました。

その流れの中で、自分で作るという選択となりました。素人ではありますが、趣味でバクテーを作っていたので、完全なゼロスタートでなかったという理由もあります。

町の加工場である、産直たっこやで製造し販売することが決まっています。現在実施中のクラウドファンディングが、そのスタートになります。

 

クラウドファンディング Makuake

シンガポールの味をご自宅で。青森県田子町産ニンニク香る究極のバクテースープキット

バクテースパイス

◇ バクテーの材料となるにんにくの産地は田子町以外にも。他地域の選択肢はありましたか?

 

 ないですね。田子町一択でした。にんにくの産地を探したので、当然他地域も目に入りました。実家のある千葉県周辺にもにんにくの産地があることも知りました。

ただ、実家の近場では新しい挑戦に保険を掛けているような気がして嫌だったこともあり、それなら思い切って一度も行ったこともない青森とかにしようと思い、そこから田子町だけを選びました。

 

◇ 田子町に来て丸2年。どんな活動をやっていますか?

 

― 空き店舗の活用 ―

 

 最近購入した、この空き店舗の活用です。使い道やリノベーション、資金調達の可能性を探っています。

この場所で実証事業する形で、空き店舗活用の可能性のプロセス構築、モデルづくりをやります。

自分だけが、ここの空き店舗をリノベーションして活用しても、町自体が強くなる訳ではありません。

ここを通じて、人集め、人おこしをやりたいです。

地元の人が「自分もやってみたい」と言う人を起こすところまでやってみたいです。

 

マルナカ呉服店

 

ここをリノベーションするところを他の空き店舗にも見せたいです。

例えば、ここの動きを評価してくれた役場が助成金を作ってくれたりすると、こんなことができますよと伝えられます。

このままでは、他の空き店舗は、空き店舗のままです。声を挙げること、動く事の大切さを知ってもらいたいです。

ここの今後の活用方法を多くの人に見てもらって、「こんな使い方をしたい」と、空き店舗をどう活用するのか考える人たちの機運が高まる流れを創りたいです。

 

◇ この空き店舗活用の理想や描くゴールはありますか?

 

 私が理想としているのは、岡山県矢掛町での取組みで「アルベルゴ・ディフーゾ」です。

これは、イタリア語で分散したホテルと言う意味で、町全体がホテルであり、寝室やレストランやお土産屋が、町の様々な場所にある。そんな概念です。

この岡山県矢掛町の取組みが、田子町には合うんじゃないかと考えています。

例えば、ここが仮にゲストハウスとした場合に、ご飯は、勇寿司さんに行ってもらったり、お土産は、ガーリックセンターに行ってもらったり、この町が一つのホテルの様に捉えてもらうことをイメージしています。

その取り組みの一環をここが担うことも考えていますし、旅行業の資格も必要なので、現在資格取得の勉強も始めています。

 

五十嵐孝直

― 観光の可能性があるから、町の魅力を掘っている ―

 

 私が去年、謎説きのイベントをやったり、産直マーケットでレジ打ちをしているときに、近隣の方々でも「田子町に来ると遠出してきた感じがする」と話されることが多いんです。

その感覚は非常に大事と捉えていまして、いわゆる旅行した気分になる町であるのではないかと。

ただ、現在は、旅行者を受け入れるようなサービスが少ないため、田子町に来て、大抵がガーリックセンターに行って終わってしまいます。

そこにもう少しアクセントを加えられると、よりこの田子町が観光として活きられる道が出てくるのではないのかなと思います。

そのアクセントに大事なのが、みやむーさん(みやむ~のにんにく。代表の宮村祐貴さん)や、川名さん(Takko cafeオーナーの川名美夏さん)の様な、人を集めようとしている人たちが、もっと楽に集められるようにしたり、もっと商売に繋がる様な仕組みにすることです。

お二人の様に頑張っている人を見ているからこそ、「アルベルゴ・ディフーゾ」と言う考えを持つようになりました。

 

◇ そう言えば、写真展とかもやっていましたね?

 

― 町を循環させるコンテンツを作りたかった ―

 

 昨年のコロナ過の中でも、ガーリックセンターがとても繁盛していました。多くの人たちが、ガーリックセンターだけに集まって帰ります。

その光景を見た時にもったいなと思ったんです。どうにか町を循環させたいけれど、誰も周辺の道を歩かないんです。

そんな時に、ファーマーズマーケットの活用方法を考えるタイミングと重なっていたので、くだらないけど写真展でもやってみようかとなりました。

人をガーリックセンターから別の場所へ引き寄せられないかなという想いからやってみました。

今振り返ると、写真展も「アルベルゴ・ディフーゾ」の考えが根底にあったんだと思います。

写真展の経験は、田子町が、もっと食以外の分野でも伸びていかなければならないという活動の源泉になっています。

 

五十嵐孝直

◇ 観光をやりたいと思うようになったきっかけとかありますか?

 

― 危機感をチャンスに ―

 

 以前、訪れた浅虫温泉を訪れた時に、元々沢山あった旅館やホテルが、世の中の需要変化に対応し、レストランや老人ホームに変わっていることを知りました。

世の中の変化に対応して、町の形が変わっていったんだと思うんですね。

しかし、田子町は変わっていないように感じています。人が減り続けているばかり。高校も無くなる。

このままでは、生活する場所として、最低限の物しか残らなくなってしまう可能性が高いです。

そうなると、田子町は遠い。田舎に来た感がある。そんな部分を伸ばしていかないと町として持続できなくなるのではと危機感をもっています。

そんな考えから、観光の面を伸ばしていきたいなと考えています。

来月には、町の観光協会と一緒に謎解きのイベントをやるのですが、田子町に来る方が食べるだけではなく、町の中を歩いてもらう要素を新たに加えていきたいと考えています。

 

田子町謎解き街歩きイベント

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◇ これからやりたいことを教えてください

 

― 地域の声を聞いて、人おこしをする ―

 

 今一番やらなければならないと思っているのは、田子町の人おこしです。ここの空き店舗を掃除したりしていると、「何やるの?」って、多くの方が中に入って来てくれます。

そんな中で、「○○してみたいんだよね」とか、「○○やって欲しいだ」って、意見をもらうことも増えてきました。

構想は持っているんだけど、具体的に動けていない人がいるんだなと知りました。そんな部分を私が関わることで実現化に繋げることができるんじゃないかと思いました。

まず私が受け皿になって、話しを聞いて、活動して行きたいなと考えています。

私一人でできることは限られます。人おこしをすることで、その方々と手を組んでやれることを伸ばしていきたいなと思っています。

ここの場所は、手を加えなければならない場所は沢山ありますが、そんな場所でも地域の方々と一緒にやれること、やりたいことを増やしていけます。

私は、地域の中に入り、地域の方々の声を聞いて、地域の方々と一緒に動きたい。最近改めて感じていることです。

 

― あとがき ―

 

五十嵐孝直さんの「人おこし」という考えは、

編集長の活動内容にもリンクしていて、とても共感しました。

インタビュー後に、サンノワのライターという立場でも

田子町の「人おこし」をやってみませんか?と打診し、

快諾してもらいました。

田子町担当の五十嵐孝直さんの記事も楽しみにしてください。

 

五十嵐孝直さんのアカウント

Facebook : https://www.facebook.com/takanao.igarashi

田子町地域おこし協力隊のアカウント

Facebook : https://www.facebook.com/TakkoTownCRCS/

Instagram : https://www.instagram.com/takkotowncrcs/

 

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時代を三戸と歩んできた「小野寺醸造元」と 歴史を語る果物「ガマズミ」の関係とは

時代を三戸と歩んできた「小野寺醸造元」と 歴史を語る果物「ガマズミ」の関係とは

ガマズミという果実をご存じですか?
ガマズミは、赤くて小さい実なのですが、
その小さい実には、歴史と人々の想いが
ぎゅっと詰まっている果実なのです。

ガマズミの歴史

ガマズミとは、直径5㎜程度の小さな果実のこと。
山や野原で自生していて、秋から冬にかけて鮮やかな紅色の実をつける。
青森県南地方ではジョミまたはゾミともいわれている。
青森県三戸地方では昔、一日中歩き回るマタギたちが、
山中で食料に困ったときに、身体を休めるために、
ガマズミを口にしていたそうです。

ガマズミと小野寺醸造元

下記にある写真の商品は、
味噌や醤油を製造している「小野寺醸造元」さんが、
ガマズミという果実の収穫から果汁にする工程をし、商品化されたものです。
SANNOHE JOMI CIDER
きっかけは常連さんだった。
小野寺醸造元さんがガマズミを栽培し、手を加えるようになったのか
気になりますよね、、、!
ガマズミに目を向けるきっかけになったのは、
常連のお客さんが、ガマズミをもってきたことからはじまったそうです。
その後、ガマズミを研究所で調査し、三戸のガマズミの成分が良いことが
明らかになり、商品化への道を進むことになります。

ガマズミは、寒暖の差が大きく、冷涼という三戸地域の風土に
適しており、三戸で栽培されているガマズミは、ほかの地域のガマズミに比べて
ポリフェノールが多く、成分が良いことから注目されています。
また、ガマズミを食べること目的として、一定以上の数を生産しているのは、
全国でも三戸地域だけだそうです!これこそが地域資源、、

取材させて頂いたときには、収穫が終わっていたため、
ガマズミの実物を見ることはできませんでしたが、
小野寺醸造元のお父さん「小野寺昭夫さん」と
ガマズミの素敵な写真を見していただきました!
小野寺昭夫さん

ガマズミ

ガマズミってどんな味?

小野寺醸造元さんで、ジョミドリンクをいただきました!
酸味が強めですが、飲みやすく、
凝り固まっている体をほぐしてくれる
なんだか元気がみなぎってくる味でした!
ジョミドリンク
そのほかにも、ジョミサイダーと神ツ実ジャムをいただきました!
ジョミサイダーは、どこか昔懐かしい味がして
炭酸のパンチが強めで、お風呂上りに飲みたくなる!
そして、神ツ実ジャムは、酸味が抑えられていて
何にでも合う万能ジャム!
クレープに合わせたり
神ツ実ジャムとクレープ
ヨーグルトに入れてみたり
神ツ実ジャムとヨーグルト
もちろん食パンとの相性は抜群!!!!
神ツ実ジャムと食パン

未来に残していきたい地域資源

三戸町では、町おこしの一環として、何か新しい作物を作り出せないか
と考えるようになり、そんなときに頭によぎったのが
マタギの伝承だったそうです。
そこから、試行錯誤を重ねて、栽培方法を確立し、現在に至ります。
マタギの減少とともに、忘れ去られていたガマズミの果実は
多くの想いと手間により、三戸町の新たな地域資源として
生まれ変わりました。

小野寺醸造元さんを取材していくなかで、
昔の人の知恵や暮らしを、今と結び付けて、
未来に伝えていく姿を見て、
地域の奥深さを知ることができました。
記念撮影

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三戸で一番○○なお魚屋さん

三戸で一番○○なお魚屋さん

魚といえば猫!
猫といえば三戸!になりつつある鈴木です。
左瀧本店の斜め前にあった、とあるお店を紹介します!左瀧本店のご主人が
「少し段差があって道路より低い家があるでしょう!?
そういう家は昔からあって古い家なんだよ〜。」
と教えてくれたので
どれどれ〜と佐瀧本店の入り口から
眼を凝らしていると…道路より低い家
↑メガネ屋さんの両脇の家が道路より低くなっている!視線を右にずらすと、うん?
なんだ、あの可愛い11ぴきのねこのイラストの
描かれているオーナメントは!!
11ぴきのねこのイラストの 描かれているオーナメント道路を渡って駆け寄り
窓越しに覗くとそこにあったのは
たくさんの魚たち…なんと!その可愛い見た目のお店は
お魚屋さんだったのです。炭火で焼かれた帆立とタラ「こんにちはー」と中に入ると、
お店に入ると炭火で焼かれた帆立とタラのいい匂いが…
思わずよだれが垂れてしまいそうでした。急に押しかけたにもかかわらず
お母さんと娘さんは気さくにお話ししてくださいました!
(顔出しは恥ずかしいそうでNGでした…)

仕入れは陸奥湊で毎朝いいものだけをお母さんが厳選しているそう。
店頭にあった帆立もデカいのを選んできたとのことでした!

この日も大きな鯛やイカなど新鮮な魚がたくさん揃っていました。
私はこの日、はじめてさばかれていない生の状態のタラを見て
タラが黒い魚だということを知り、ひとり衝撃を受けていました。

ほかにも美味しそうなみそ大根や切り干し大根などのお惣菜がたくさん!
(ご飯にのっけて食べたい!!)

タラ
お惣菜

肝心の気になっていた11ぴきのねこのオーナメントは
今大学生くらいになった学生さんたちが小学生の頃に描いたものだそうで、
今でも「まだ飾ってある〜」と見にくる方もいるそうです。
飾ってくれている学生さんからしたら嬉しいですよね。

個性豊かなねこのイラストたち
個性豊かなねこのイラストたち
↑個性豊かなねこのイラストたち

そして、最後に衝撃事実!
ここ、梅村魚店は三戸で最初の魚屋さんだそう!
(もっと早く言ってよ!お母さん…)

今のお母さんのおじいさんからやっていて、
昔はリアカーでお魚を売っていたそうです。
時代の変化を感じますね。

72歳のお母さんはご主人が亡くなってから17年、
娘さんと二人三脚で元気にお魚屋さんを今も守っています!
笑顔が素敵な優しい親子に会いに来てはいかがでしょう!?

最後に肉厚ジューシーな帆立を頂いたのですが、
私こんなに大きな帆立初めてで、とても美味しかったです!
炭火焼きサイコー!!!

肉厚ジューシーな帆立

成蹊大学3年 鈴木晴野

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まちの楽校、加藤パン、三戸町の“ほっこり”

まちの楽校、加藤パン、三戸町の“ほっこり”

三戸町の“ほっこり”をご紹介していきます!
まず、三戸町の憩いの場として知られている「まちの楽校」さん
まちの楽校の外観店内に入ると、近所のおじいちゃん達が囲碁をついていました!
その光景を見て、ほっこり。
また、おじいちゃん同士の対局だけではなく、
子供とおじいちゃんで対局を!!
都会に住んでいると、なかなか経験できないこと、
見られない景色だなと思い、“ほっこり”しました。店内には手作りで作られた品がたくさん置いてあり、
空間が温かみにあふれていて、“ほっこり”しました。
まちの楽校の内観お昼ご飯で、プルコギ定食を頂きました!
お米が甘くて、プルコギの甘辛さとの相性は最高でした!
プルコギ定食食後のデザートとして、コーヒーと松皮煎餅を頂きました!
松皮煎餅は、三戸町内にある有名な松の木「関根の松」にあやかって
生み出されたそう。終戦後にできたお菓子で、長い歴史がつまっています。
(確かによく見てみると、松の実の皮に見える、、!!)
甘すぎず、あっという間に無くなってしまいました。。。
コーヒーと松皮煎餅さて、次の三戸町の“ほっこり”は「加藤パン」さん
加藤パン
どんなパンに出会えるのでしょうか、、ワクワク、、おじゃまします~
加藤パン
きゃーーーーーかわいくて美味しそうなパンがたくさん!
加藤パンの商品
卵がこんなにぎっしり詰まっているのに180円!お得すぎます。。
加藤パンのサンドイッチ
パッケージにレトロ感があってかわいすぎるパンたち、、
加藤パンの商品
突然の取材だったのにも関わらず、加藤パンについて
楽しそうにお話してくれた、代表の加藤さん
加藤パン代表の加藤さん
加藤パンでは、生産の6割が学校給食に、
残りの4割を三戸の商店や地元の朝市に出店しているそうです。
加藤さんのオススメパンは?と尋ねると
「ハムチーズとチョコクロワッサン、でもメロンパンもおいしいよ!」
と嬉しそうにオススメしてくださる姿を見て、
自分で一から作っているパンへの愛情と誇りを感じ、“ほっこり”しました。
記念撮影

そしてそして、最後に私が感動したパンをご紹介させてください。
あんこ好きにはたまらない、あんかけパン!
実はあんパンの上にようかんがコーティングされているのです!!!
帰りの新幹線でおいしくいただきました!
驚きと感動でお腹も心もいっぱいになりました。。
あんかけパン

記事の半分くらい食レポになってしまいましたが、、、
みなさんも、三戸町に訪れた際は、三戸町の“ほっこり”を
訪れてみてください♪♪

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ジュノハート

ジュノハート

果物の中でさくらんぼが一番好きな
産業能率大学3年の石井友理です。ジュノハートという青森県で新しく生まれた品種を作られている
八戸農業協同組合さくらんぼ専門部の部長である
山田仁志さんにお話しをうかがいました。山田仁志さん山田さんの第一印象は“怖そう”でしたが
話していくうちにジョークをたくさんおっしゃったり、
ジュノハートのことについて熱心にお話していただたりと、
とても面白い方でした。本題のジュノハートですが、ローマ神話の女神『Juno』と
果実がハート型であることから名づけられた
高級なさくらんぼです。平成17年5月に、ジュノハートの原木がある
りんご研究県南果樹部付近で山火事が起き、
火は原木の3本手前まで迫っていましたが
かろうじて消失を免れたそうです。そこから苗木を増やし、
ジュノハートが誕生したのだとか。
名前の通り女神が幸運をもたらしてくれたのでしょうか。インタビュー

そんなジュノハートは他のさくらんぼと違う強みが
2点あります。

1つ目は“甘さ”
糖度がなんと約20度。
りんごが約15度なので、りんごよりも甘い!
バナナが約21度なのでほぼバナナに似た甘さです。

2つ目は“大きさ”
全国的にも有名なさくらんぼの品種『佐藤錦』は
2Lサイズ(25㎜以上~28㎜未満)。
ですが、ジュノハートは3Lサイズ(28mm以上31mm未満)。

大きいうえに形がハートで甘いという最高のさくらんぼです。
インタビュー

ジュノハートの知識を教えていただいたあとは
山田さんのジュノハートに対する想いについて
おうかがいしました。

農産物はだいたいパターンが決まっていて、
①生食②加工品(アルコール・菓子類)のどちらかに値します。

商品開発ではなく、何に変わるかが大事とおっしゃっていました。
そのため、ジュノハートも何か加工をするのではなく、
育て方に手間をかけています。

さくらんぼの木には花が咲きますが、
花が咲くのは子孫を残すためであり、
そこにエネルギーがいってしまうため
一つ一つ手で花を取っています。

とても手間がかかっています。

山田仁志さん
『一度手を入れたら木が死ぬまで面倒を見るのが使命』
と山田さんの熱い想い。

スーパーでさくらんぼを買って食べるだけでは
生産者さんのさくらんぼへの想いや努力に
なかなか気づくことができないため、
今回の取材で感じることがたくさんありました。
インタビュー

収穫時期は7月の上旬~中旬とのことで、
この3月はジュノハートをお目にすることはできず・・・。

次来る時はジュノハートと対面できますように。
記念撮影

産業能率大学3年 石井友理

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